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「○○婆」「○○爺」探しです。・タキタ (4/6 22:34) #1178
├ 「柳婆」あります。・むむむ (4/6 22:52) #1179
├ 「○○婆」でしたら…・からしマ (4/6 23:52) #1181
├ 学校の怪談・佐々木 (4/7 12:31) #1183
│└ ジャイアント婆 ・わるのり (4/7 22:09) #1188
├ 親父・佐々木 (4/7 12:36) #1184
│├ 「○○男」・タキタ (4/7 21:59) #1187
││└ 「桂おとこ」・化野 燐 (4/9 02:01) #1193
│├ 労働しない妖怪? ・タキタ (4/7 23:58) #1189
││└ 僧籍・からしマ (4/8 05:31) #1191
││ └ 「小僧」?・タキタ (4/9 10:28) #1194
││ └ 小僧・からしマ (4/10 00:01) #1195
││ └ 小僧・入道・坊主・化野 燐 (4/12 22:23) #1199
││ └ 入道雲(積乱雲)・タキタ (4/13 22:38) #1200
││ └ 馬の目(入道)・タキタ (4/14 01:05) #1204
│└ Re:親父・からしマ (4/8 05:19) #1190
├ 爺・婆・化野 燐 (4/9 00:32) #1192
│├ 困った「しゅうとめ」・タキタ (4/10 03:10) #1196
│└ Re:語り手たち・ゆうべ (4/11 11:49) #1197
└ 「大爺」みつけました。・タキタ (5/21 02:18) #1240
| #1178 | 「○○婆」「○○爺」探しです。 | タキタ  | 4/6 22:34 |
●高知県の「山爺」のことを、「全国妖怪事典」(千葉幹夫、1995)は「やまじい」とフリガナ表記をしてあります。 この文字を「やまじじい」とか「やまじじ」とかと読むというならともかく、「やまじい」というのは面白いです。 ●ところで、「花咲か爺」のような、「○○爺」という妖怪はどれぐらいいるものかと「全国妖怪事典」をみると、「山爺」「児泣き爺」くらいしかでていません。他に「海爺」「百々爺」んというものもあったと思います。 ところが、「○○」婆」というものは、わりと多いのです。 「アズキトギババ」「アマザケババ」「オシロイバアサン」「オシロイババ」「クラババ」「コナゲババ」「シタナガババ」「スナカケババ」「タナババ」「タロウババ」「テナガババア」「ナンドババ」「バケモノババ」「ミカリバアサン」「モメンヒキババ」「ヤマノカミババ」「ヤマババ」「ユキンババア」
この落差は、いったい何なんでしょうか? 人間型の妖怪では、高齢者は女性が多いのでしょうか?
とにかく「○○爺」が少ないので探しています。 「逆引き妖怪事典」が欲しいです。売れないでしょうね。
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| #1179 | 「柳婆」あります。 | むむむ | 4/6 22:52 |
→ #1178 タイトルを打ち込んだら、本文の必要が無くなった! 『絵本百物語』より
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| #1181 | 「○○婆」でしたら… | からしマ | 4/6 23:52 |
→ #1178 「蛇五婆(蛇骨婆)」「火吹消し婆」なんてのもありましたね。
「○○爺」は…そういえば思い出せないですねぇ。
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| #1183 | 学校の怪談 | 佐々木  | 4/7 12:31 |
→ #1178 ダッシュ婆々、ジェット婆々、100キロ婆々、紫婆々、三時婆々、四時婆々、婆々去、メリーおばさん等 爺々は…人形爺々くらいしか思いだせない…。
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| #1188 | ジャイアント婆 | わるのり | 4/7 22:09 |
→ #1183 悪乗りですまんこってす。 ジャイアント馬場です。
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| #1184 | 親父 | 佐々木  | 4/7 12:36 |
→ #1178 確かに○○婆々とか○○女っていう名称は多いのに、○○爺々 とか○○男(っていましたっけ?)って、少ないっスね。 男性名称は「親父」とか「入道」とか、なんか力強いのばっかですね。やっぱり女性の方が平均寿命長いから何でしょうか?
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| #1187 | 「○○男」 | タキタ  | 4/7 21:59 |
→ #1184 徳島県の場合、山城町上名平に「ユキオトコ」というのが居ます。「雪男」です。雪の降った翌日に雪面に一間の間をおいた足跡を残しているものです。 また、「ヤマオトコ」というのも居ます。「山男」です。徳島県の吉野川の大歩危渓谷に昔から住んでおり背丈が八丈、目が光っていたと言います。 「ヤマオトコ」は、秋田県、新潟県、静岡県、高知県にも居ます。 他は、「カワオトコ」岐阜県や、「ワライオトコ」高知県などくらいでしょうか?
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| #1193 | 「桂おとこ」 | 化野 燐 | 4/9 02:01 |
→ #1187 『絵本百物語』に「桂おとこ」がでてますね。 雲みたいなやつ。
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| #1189 | 労働しない妖怪? | タキタ  | 4/7 23:58 |
→ #1184 最初はですね、男性妖怪の場合には職業名とか社会的地位が名前についているのかなあと思ったわけです。 たとえば、英語表記で、通常はミスターとかミス・ミセス・ミズとつくにもかかわらず医者の場合はドクターとつくようにです。 ところが、日本妖怪の場合、そういう例は入道とかの宗教関係の者にしかつかないようです。 「入道」ってべつに強いというニュアンスでは無いでしょう。
さて、「○○爺」というわずかな例をみると、「山爺」も「児泣き爺」も「百々爺」も、職業などが不明です。いったい何をやっているのでしょうか? その点、例外はありますが、「○○婆」の場合には生活感があります。 「おしろい婆」は酒の購入をします。「甘酒婆」は各戸を訪ね甘酒を所望します。または甘酒の販売に各戸を回ります。「舌長婆」は、まがりなりにも家に住んでおり旅人を泊めます。「手長婆」は危険なところで遊んでいる子供たちを叱る妖怪です。「木綿引き婆」は糸を紡ぐようです。「山婆」は泊めてもらった家で飯を炊き、二合の米を釜いっぱいにしてくれる妖怪です。 男連中よりは、生活臭があります。
これはいったいなんなんだろうか? そう思っていると、昔の日本の職業の大部分を占めていた農作業というのは、もっぱら女性が行うもので、男連中は農繁期はともかく、それ以外のときには水の具合を見て歩くくらいで、昼間っから酒を飲んで近所の男連中でばくちをするというのが日常風景だということを聞かされました。飢饉のときでもなければ、白土三平のマンガのような風景は生じないのです。 したがって、農村部では、男連中には労働臭が無いのです。すると「○○爺」系は、この延長線上で、なにもせずにブラブラしている妖怪でしょうか。 女性の場合、何もしないというのは武家や商家などの女房くらいなものだったようです。 いずれにしても、多数派を占める農民という職業名は、妖怪名にくっ付ける意味もないのでしょう。 したがって、僧籍にない妖怪は、「爺」「婆」「男」「女」となるのかなあと思います。 それにしても、男性妖怪(「爺」「男」)が少ないのは何なんでしょうか? 男性妖怪のほとんどが僧籍にあるというわけでもないでしょうが、不思議です。
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| #1191 | 僧籍 | からしマ | 4/8 05:31 |
→ #1189 「○○小僧」というのも含まれる訳ですね?
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| #1194 | 「小僧」? | タキタ  | 4/9 10:28 |
→ #1191 「岩波書店の小僧でございます」と挨拶して小説家の先生宅を訪ねる昔の勤労少年の話もありますので、「僧籍」と「職業名」の二つがあると思いますです。たんなる接尾語(?)の可能性もありますです。 (「接尾語」という概念でしたっけ? 学校出て長いので忘れました) お使いに来る小僧は僧籍ではないですね。 寺の小僧スタイルのものは、僧籍なんでしょう。
「海坊主」は、きっと僧籍ではないと思います。 「泥田坊」も、きっと僧籍ではないのでしょうね。 もっとも、僧のスタイルをしていている妖怪も、本物の僧籍を持った存在かどうか?「入道」と名があるにもかかわらず、妖怪をやっている連中のなんと多いことよ! 現代の警察官が不祥事隠蔽体質の発覚で「ウソつきは警察の始まり」と言われているように、仏教関係者が評判の悪いときの産物なんでしょうか?
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| #1195 | 小僧 | からしマ | 4/10 00:01 |
→ #1194 そう言われてみればそうですね(^-^; 単に「男の子供」って意味でつけられた「小僧」もあるんですね。
そういえば老人の形をとった妖怪は女性が多いのに対して 子供の形の妖怪となると男性が多いように感じるんですが、 「爺・婆」問題と関係あるんでしょうか…?
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| #1199 | 小僧・入道・坊主 | 化野 燐 | 4/12 22:23 |
→ #1195 『広辞苑』によると「小僧」には以下の意味があります。
「小僧 」 1.年少の僧。子供の僧。 2.商店で使われている年少の男店員。 3.年少の男子をあなどっていう語。
タキタさんの「岩波書店の小僧でございます」は、2にあたります。 からしマさんの「男の子供」の場合は3ですね。 「〜小僧」は子供の僧のスタイルの場合もありますが、仏教関係者ばかりではないでしょう。
●以下「〜入道」型、「〜坊主、〜坊、〜ボ」型についてもばらしてしまうと・・・。
「入道」 1.仏道に入って修行すること。また、その人。 2.在家のままで剃髪・染衣して出家の相をなす者。 3.仏道に入った三位以上の人の称。 4.坊主頭のものをあざけっていう称。 5.坊主頭の妖怪。
「見越入道」の「〜入道」は1というよりは、2か5でしょう。坊主頭の俗人も入道と称するので「〜入道」型のモノが必ずしも僧侶ということにはならないと考えます。
「坊主 」 1.一坊の主僧。寺の主である僧。 2.僧侶一般の称。「生臭坊主」 3.武家時代に幕府・諸大名に仕え、僧体で茶の湯や給仕などの雑役を勤めた者。同朋。童坊。 4.髪を剃っている頭。また、その人。 5.頭部が禿げているもの。「海坊主」「乱伐で山が坊主になる」 6.男の子を卑しめまたは親しんでいう語。 7.ある語に添えて、親しみまたは嘲りの気持を含めて「人」を表す。「三日坊主」
すべての「海坊主」が禿げかどうかは疑問ですが・・・。 「〜坊主」型の名称のモノは、4〜7あたりの意味でしょう。こちらも必ずしも僧籍にある2ばかりとは限らないわけです。
「坊」 1.区画されたまち。市街。 2.都城制の一区画。四町四方の称。「条―」 3.春宮坊(トウグウボウ)の略。 4.僧侶の住居。転じて、僧侶。 5.男の幼児を親しんで呼ぶ称。男の幼児の自称。「坊や」「坊ちゃん」 6.或る語に添えて、親しみまたは嘲りの気持を含めて、「…な人」「…する人」の意を表す語。「けちん坊」「朝寝坊」
「二恨坊火」(『諸国里人談』菊岡沾凉、1743 )の「坊」は山伏の日光坊に由来しているので4でしょう。天狗の「秋葉三尺坊」等も同様です。仏教〜修験道関係者としての名称に由来していることになります。 「カシャンボ」、「ユキンボ」などは6でしょうね。これも仏教者ではないでしょう。 以上から、小僧・入道・坊主などが名称につくモノが仏教に関係あるかどうかは、場合によりけりということになります。妖怪ごとに個別に検討してやる必要があろうかと考えます。
以上、語意の説明部分は『広辞苑(第四版)』から引用しました。
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| #1200 | 入道雲(積乱雲) | タキタ  | 4/13 22:38 |
→ #1199 ●「広辞苑」によると「入道雲」=「積乱雲の通称」とあります。 ●夏にモコモコと盛り上がってゆく入道雲の上の方を見ていると、「ああ、○○入道という妖怪はこのように巨大化してゆくのだなあ!」と納得します。 本末転倒なのでしょうが、入道雲をみていると「○○入道」という妖怪を想像できるのです。 本来は「○○入道」という名称のほうが積乱雲の通称の入道雲に先行するのでしょうが、現代人の私などは入道雲を見て「○○入道」の巨大化する姿を納得します。 ●おそらく、多くの親たちが「大入道」の概念を子供にたずねられて答えるときにも、この入道雲を使って(本末転倒の)説明をするのだろうなあと思います。物語などでは「大入道」という表現が多くあったかのように記憶しています。 ※ 三好清海入道という真田十勇士の一人は巨大化しません。
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| #1204 | 馬の目(入道) | タキタ  | 4/14 01:05 |
→ #1200 入道雲を、「○○入道」云々と書き込みました。 ところで、柳田国男が『妖怪名彙』の「タカバウズ」「シダイダカ」すなわち「高坊主」「次第高」の項に紹介した徳島県にいる妖怪「高坊主」と「高入道」というものが県内のあちこちに伝わります。 水木しげるさんが、『妖怪画談』(岩波新書、1992年)の「のびあがり」の項に「阿波あたりになると、それこそなんでも狸だ」、おなじく「大かむろ」の項には「狸の本場は四国の徳島と佐渡ヶ島だが、ここではどんな妖怪も、連中が化けたという風に考えられている」と記載しています。 柳田が紹介する「高坊主」と「高入道」も、そのほとんどは、タヌキを正体であると徳島県民は記載しています。この場合「坊主」も「入道」も同類と推測されます。 ところで、吉野川北岸のさるところの「高入道(高坊主?)」は、他の多くの同類と違い、伝承集に「高入道と馬の目」と紹介されていました。(「高坊主と馬の目」だったか?) 何のことかと読むと、さるお婆さんが「高入道」に逢ってっしまって驚いた。高いところに目がランランと光っていたという話でした。ところで、誰がその正体に気づいたのか?実は暗闇に居た馬の目に何かの明かりが反射し、ネコなどの目のように光っていたものであると書いてあります。 うーん。「馬の目」という名の妖怪が登場する話かと思ってしまったのですが…… しかし、同じ高さの位置にこのお婆さんと馬が立っていたとすれば、そんなに高くない「高入道」ですね。馬がたまたま下のほうに降ろしていた首をゆっくりと元の位置に戻してゆく過程で、反射する目が伸び上がる入道の目と解釈されたのでしょうか? この原理であればアフリカの場合はキリンがいるから、もっとすごい妖怪伝承ができるであろうと想像します。 体系的なアフリカ大陸の妖怪伝承って出版されていないものでしょうか? 等身大よりも、巨大妖怪とかがアフリカ妖怪で紹介されていれば嬉しいものです。
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| #1190 | Re:親父 | からしマ | 4/8 05:19 |
→ #1184 最近の妖怪(?)でも男ってイメージ無いですね。 「100キロばばあ」「口裂け女」「花子さん」等々…
「人面犬」はオスみたいですが(^-^;
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| #1192 | 爺・婆 | 化野 燐 | 4/9 00:32 |
→ #1178 ●見慣れないハンドルで恐縮です。 正体はりんです。 どうも御久しぶり。年度がわりにともなうあれこれで、ちょっと御無沙汰しておりました。 今回からハンドルを余所でも使っている化野 燐に統一させていたたきたく存じます。混乱を招くかもしれませんが、 年度もかわったことですし(理由になるかな?)、どうか御容赦を。
では、本題へ。
●皆さんも既にお気づきでしょうが、妖怪の命名法には幾つかの類型があります。 また、柳田國男以来の出現する空間や属性を基準とした分類の代わりに、命名法を基準にして怪異・妖怪を分類し、分析を行うことも可能です。(この分類には名前の無いモノがもれてしまうのと、類型におさまらない例外が多くなってしまうという難点があるのですが、結構面白いことが見えてきます。) 私もまだ暫定的な分類案しか作れていませんが、幾つか例をあげて見ましょう。 タキタさん御指摘の「〜婆」型、「〜爺」型、佐々木さん御指摘の「〜入道」型。からしマさん御指摘の「〜小僧」型。さらに「〜火」型、「山〜」型、「海〜」型、名詞+動詞連用形型、漢語転用型などの類型があります。(まだあるけど、長くなりそうなので他の型は省略。) また、これらの型と属性の間には相関関係があるようです。 実は私、このネタで発表のあての無い雑文を一本書きかけているのですが・・・。 でも、折角この話題が出て来たのに、黙ってるのはつまんないので、ツリーに参加させていただきます。手持ちの資料とネタを、ちょっとばらしてしまいましょう。
●「〜婆」型と「〜爺」型の例で、まだこのツリーで報告されてないものから。
1.「〜婆」型 「臼負ひ婆」 『日本傳説叢書 佐渡の巻』(藤澤衛彦、1918) 「カクレババ」 「妖怪談義」(柳田國男、1936) 「小豆婆」 『改訂綜合日本民俗語彙』 (財団法人民俗學研究所、1970) 「コメトギババ」 同上 「ユキバジョ」 同上 「弥三郎婆」 多数 「鬼婆」 多数 『学校の怪談大事典』(日本民話の会 学校の怪談編集委員会編、)には、「ここは敬老会の会場か?」ってぐらい都市伝説系の「〜婆」型のモノが紹介されています。例をあげると「ムラサキババア」、「カマババ」、「ジャンピングババア」、「ターボばあちゃん」などなど。都市伝説系だけで総数なんと二十数件。 2.「〜爺」型 「骨くいじじい」 『学校の怪談4』(常光徹、1993) 「白線ジジイ」 『みんなの学校の怪談 赤本』(常光徹、1995) 「水車爺」 「妖怪進化論」(間敏幸、『ムー』1996年12月号 ) 「一寸爺」 同上 「ひじかけジジイ」 『学校の怪談大事典』 「まりつきじじい」 同上 「Uターンじじい」 同上 「ジャンピングじじい」 『ペルソナ2 罪』(ATLUS、1999) 「ターボじいちゃん」 (知人より取材、1999)
●これらのモノのイメージの成立には、高齢者に対する尊敬・畏怖・嫌悪等の感覚が強く作用しているように思います。これは古くなった物が化ける「付喪神」とか、歳を経た獣が化けるという発想とも源を同じくする感覚でしょう。 かつてこうした感覚を背景に、高齢者としてイメージされたモノには「山姥」=「山の神」等をはじめとして、プラスの属性を持つ神霊に近いモノ(高砂の爺婆、役小角の像容、仙人など)も多く見られます。 現代ではプラス属性のポピュラーなモノというと、サンタクロースぐらいでしょうか。他にはなかなか思いつきません。 都市伝説系の高齢者妖怪は、鎌を持っているだの、人の足を1本取っていくだの、どうも血腥い方が多くていけません。 このようなマイナスのイメージが頻繁に語られるのは、核家族化の進行により、都市伝説の語り手である若年層が、高齢者と接する機会が少なくなったため、高齢者および加齢に対する嫌悪感を持っていることに起因しているのかもしれません。(なーんて、学者の世相評みたいなもっともらしいことを書いたりして・・・。)
●確かに「〜爺」型の例は少ないですね。『学校の怪談大事典』でも、この点は既に指摘されています。その理由についての推論は行われていませんが。 そういえば、昔話でも「いじわるなおばあさん」の登場する話が多いですね。老婆って、あんまりいいイメージを持たれてなかったのでしょうか? 「〜婆」型が多いのは「女性の方が平均寿命長いから」という佐々木さんの見解は、検討の価値があるとても面白い指摘だと思います。
また「〜爺」型は年代的に新しい都市伝説系のモノばかりが目立つのも気になる点です。 これは男性の平均余命がのびたからでしょうか?
いや、妖怪の世界でも男女同権が叫ばれていて、おじいちゃんたちも頑張っているのかも・・・。 ま、冗談はさておき。 現代の我々は男女同権的な視点から、何事も男女双方そろってないとバランスが悪いという感覚を抱きがちです。この感覚が都市伝説系の「〜爺」型妖怪を生み出しているのではないでしょうか。 「ジャンピング〜」、「ひじかけ〜」、「ターボ〜」には、爺・婆の双方があり、きちんと男女一対をなしています。これら3例についは、爺・婆どちらかのイメージが先行し、その派生形としてもう一方が発生しているのに違いありません。 「〜婆」型の例が圧倒的に多いことから、「〜婆」型が先行している可能性の方が高いと考えることが出来るでしょう。 「やっぱ、こんな婆ちゃんがいるんだったら、仲間の爺ちゃんもいるだろう」ってことですね。 この仮説(苦笑)いかがでしょうか?
●御願い1 「妖怪進化論」にその名だけ登場する「水車爺」と「一寸爺」の初出がわからないのです。「水車爺」は古典籍に載ってるとのことです。「一寸爺」は都市伝説系のモノです。 御存知の方がありましたら御一報おねがいします。
●御願い2 それと「人形爺々」ってどんなモノなのでしょうか? 佐々木さん、もしよければ教えて下さい。御願いいたします。
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| #1196 | 困った「しゅうとめ」 | タキタ  | 4/10 03:10 |
→ #1192 働く立派な「お婆さん妖怪」を書き込んだタキタが、こういうことを書き込むと、矛盾するような気もしますが、「嫁いびり」の存在も老婆妖怪の多さの理由から割愛してはいけないと思います。 「しゅうとめ」による嫁いびりです。 「しゅうと」による嫁いびりというものはあまり聞きませんが、この女性側による「嫁いびり」は、妖怪に女性が採用される理由の一つでしょう。 女性の平均寿命の問題は、多くの男性は年下の女性を妻にするという 傾向からして、実質上、家庭内体験としての年齢差は問題ないと思います。 同窓会に出没する妖怪ならともかく。
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| #1197 | Re:語り手たち | ゆうべ | 4/11 11:49 |
→ #1192 燐さんの「最近は爺妖怪も増えてきた」というコメントで思ったのですが、 これは語り手達の推移から考えてみることができるかもしれません。 タキタさんのお話の中に「農村の男達は特に仕事を持っていなかった」 というコメントがありましたが、では農村部では怪異の語り手達は男達では なかったか、と思います。そうであるならばそこで語られるのは、身近に いて、しかももっとも遠い存在=女達に関連していくのではないでしょう か。 最近になって爺の妖怪が増えてきているのは「学校の怪談」等より、怪 異の語り手が子供達に移っているからです。核家族化が進んで老人と接 することの少なくなった子供達の目には、お爺ちゃんもお婆ちゃんも、 同じくらいの「妖怪具合」に見えるのではないでしょうか? などとつれづれに思ってしまいました。
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| #1240 | 「大爺」みつけました。 | タキタ | 5/21 02:18 |
→ #1178 徳島県の吉野川上流の山城町に「大婆」と「大爺」という妖怪を見つけました。 はたして現地に現存するのかどうか?
大正13年に三好郡役所が発行した『三好郡志』によりますと、この4ページには「大爺・大婆」として山城谷(現・山城町)政友と相川に足目の跡さえ15ないし16間内外ある大きな二爺がいたという記載があります。 また白地境の大和川には大きな婆が居たそうです。
「大きな爺二人は毎晩連達して大きな婆の処へ浮世話に通つて居ました其内政友の大きな爺が咽喉が渇きましたので相川谷の水を掬うて飲みました其時大爺睾丸が水に浸かりましたので其処を今ではキンヅカリといって居ります又大婆の居つた処をオホバアサマと申して居りますそれから大爺の通つた時に踏み附けました足目をいずれも大人(オホヒト)と申伝へて地名となり今でも窪地となつて遺つて居ります。」(一部の漢字は現代のものに改めました) ところで、これは同書の伝説の項では以下のようになります。 「大人」 「(前略)昔政友名と相川名とに身体強大なる男子が居つた土人はこれを大人と呼んだ又大和川名には大婆様と称する巨大な女性があつた政友 名の大人と相連れ達つて夜々大和川名の大婆様の宅に通つた処が或夜政友名の大人が喉が渇いたので相川名の水を掬つて飲んだ此時睾丸が谷水に浸つたので其を処キンタマツカリといひ大婆様の居つた処をオホバサマといふそうして通つた時に生じた足跡の存ずる処を大人と云ふ(後略)」(一部の漢字は現代のものに改めました)
同じ書物にもかかわらず、「大婆」はともかく、「大爺」と「大人」という表記があり、「キンツカリ」と「キンタマツカリ」という表記があります。わざわざと統一する必要もないのでしょうが、同一書物内で違っているというのも珍しいものです。
「大人」の表記はともかく、最近の山城町の伝承集などには「大爺」の表記を見ないので驚きました。 この近所には「山爺」(最近ではヤマジチという表記がもっぱら)が大歩危渓谷の上名水無には残ります。その大歩危近辺の上名平には「こなき爺」が残ります。 「○○爺」という表記が三つも近隣にあるというのも、徳島県内でも珍しいようです。
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