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□ その後の「子なきじじい」 ・タキタ (7/2 04:01) #389
 ├ 和歌山県の「オギャアナキ」・タキタ (7/10 13:12) #418
 │└ Re:和歌山県の「オギャアナキ」・佐々木卓 (7/12 09:32) #423
 │ ├ 和歌山県の「オギャアナキ」・タキタ (7/13 10:58) #426
 │ └ 和歌山県の妖怪 「児泣き」他・タキタ (7/13 12:31) #428
 │  ├ 訂正・タキタ (7/13 12:39) #429
 │  └ 和歌山県の妖怪 「児泣き」続報・タキタ (7/18 00:06) #433
 └ 「子なきじじい」報道準備中 ・タキタ (8/6 00:29) #489
  ├ ゴギャナキ・徳島県でも再発掘 ・タキタ (8/7 01:04) #494
  │└ 徳島「ゴギャナキ」 ・タキタ (8/23 02:46) #508
  │ └ また出た徳島「ゴギャナキ」 ・タキタ (9/7 22:50) #550
  ├ 「子なき」TV紹介・お盆過ぎに・タキタ (8/14 03:42) #498
  │└ 「子泣き爺」TV報道・撮影終了・タキタ (8/23 01:45) #506
  │ ├ よかった、よかった。・りん (8/24 01:26) #513
  │ │└ 木頭村の「おぎゃなきとこ」・タキタ (8/24 23:54) #517
  │ └ 「妖怪こなきじじい」放送さる・タキタ (8/26 00:39) #518
  │  ├ Re:ニュースの件・セヴン (8/26 15:50) #519
  │  │├ Re:ニュースの件・兆 (8/26 16:40) #520
  │  │└ Re:ニュースの件・タキタ (8/26 23:51) #521
  │  │ └ Re:ニュースの件・兆 (8/27 08:20) #523
  │  │  └ ディレクTV「NNN24」でも放送・タキタ (8/27 19:53) #524
  │  │   └ 「NNN24」8月28日放送・タキタ (8/30 20:58) #526
  │  └ 祝、「妖怪こなきじじい」放送・りん (8/30 22:32) #527
  └ 「徳島新聞」が報道 ・タキタ (9/3 23:32) #539
   └ 「こなきじじい」再「発掘」!・タキタ (9/4 20:30) #540
    └ 再「発掘」!続報と訂正・タキタ (9/6 00:56) #541
     ├ 誤字「昭和4年生まれ」です。・タキタ (9/6 01:08) #542
     └ 再「発掘」!・佐々木卓 (9/6 09:49) #544
      ├ Re:にく・兆 (9/6 09:53) #545
      │├ 「にく」・タキタ (9/7 02:17) #547
      ││└ 「にく」=かもしか? ・タキタ (9/18 01:32) #573
      ││ └ 「にく」=かもしか=羚羊・タキタ (9/20 00:23) #574
      ││  └ 「養生訓」「本朝食鑑」など・タキタ (9/20 03:25) #575
      │└ 「肉」を連想しますよね!・タキタ (9/11 00:56) #558
      │ └ Re:「肉」を連想しますよね!・兆 (9/11 02:36) #560
      └ (返事)その他の「妖怪」等。・タキタ (9/7 03:50) #548


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#389その後の「子なきじじい」 タキタ mail home7/2 04:01

● 『妖怪世界』「妖怪探求」参加の全国の皆様、ありがとうございました。
おかげで、徳島県の長年の謎であった「子なきじじい」の伝承の取材地が「徳島県三好郡山城町上名平」であったという文献が「発掘」され、香川県の武田明氏(平成4年没)の業績であったことなどが明らかになりました。
● 柳田国男の昭和13年記載の『妖怪名彙』の「コナキヂヂ」と柳田門下の武田氏の記載の「コナキジジ」との関係は、「おそらく永遠の謎」(武田氏の長男の総一郎氏とタキタの現在の一致見解)です。
しかし、徳島県内でも『徳島グラフ』(徳島出版)が近く記事にしますので、これでやっと、徳島県民の間にも「子なきじじい」=「徳島の妖怪」という認識が定着できると思います。
昭和41年の水木しげる氏作『ゲゲゲの鬼太郎』(当時のタイトルは『墓場の鬼太郎』)「妖怪大戦争」への「子なきじじい」マンガ初登場以来の「謎」であった「コナキジジイとは、いったい徳島県のどこの町村の伝承なのか?」という徳島県民の長年の疑問が解けるというわけです。
残念ながら、姿無き「コナキジジ」ですので『徳島グラフ』誌上にも「子なきじじい」そのものの姿は登場しません。文章に「コナキジジ」「コナキヂヂ」が登場するだけです。したがって、写真は恥かしながらタキタしか登場しません。(平現地に行く予算が『徳島グラフ』には無い?)いずれにしても徳島県では歴史上初の徳島県内での「子なきじじい」の記載になります。これまでは黙殺されてきた「徳島の妖怪」=「子なきじじい」を、この後は徳島県民が愛でてくだされば幸いです。
日本全国の皆さん、ありがとうございました。

● 「妖怪探求」上での「こなきじじい」調査は、この「妖怪探求」の「過去の記事」欄に、(肥大化したために)移させていただきました。見たい人は「過去の記事」で検索してください。

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#418和歌山県の「オギャアナキ」タキタ mail home7/10 13:12
#389
● 徳島県では「オギャナキ」といえば、泣き声だけのタイプを別にすれば、基本形は「おんぶおばけ」のことなのだけれど、和歌山県でも同名の「オギャアナキ」が竜神町で見つかりました。ただし、この竜神町の「オギャアナキ」は妖怪の固有名詞では無くて、カッパの泣き声のことを「オギャアナキ」というのだそうです。
九州では「ヒョウ・ヒョウ」と鳴くから妖怪「ひょうすべ」というふうに泣き声と妖怪名が一致している例もありますが、竜神村ではゴーラボシ(カッパのこと)が鳴く声が「おぎゃあ」と聞こえるから「オギャアナキ」というそうです。「オギャアナキ」とは「ゴーラボシ」の声のことという、少し悲しい報告です。
したがって、その正体は? と問うと「カッパの泣き声」となります。
● うーん。赤ん坊の声で泣いて、おんぶをせがむ、単独で出現する妖怪は、徳島県の「コナキジジイ」と徳島県の「オギャナキ」しかいないのか?
まさか、広い日本、そんなことはないと思うのですが……

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#423Re:和歌山県の「オギャアナキ」佐々木卓 7/12 09:32
#418
 いや!でもこれはスゴク重要な発見ですよ!
 できれば発見までの経緯(文献名とか)を教えていただけないでしょうか?お願いします。

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#426和歌山県の「オギャアナキ」タキタ mail home7/13 10:58
#423
● 和歌山県の「オギャアナキ」は、『紀州竜神の民話』(和歌山県民話の会)の82ページに載っています。また「オギャナキ渕」(スペル不明)は9ページから10ページに載っています。「渕」は白いヒヒが
「おぎゃあ」と鳴くもので、82ページのほうがカッパだそうです。
● 実は文献そのものはまだ手元にはなく、取り寄せ中です。
● これらの話は、現在、大阪在住の和田寛さんというカッパを研究されている方や、和歌山県立図書館から電話で教わった話です。
全国にある赤ん坊の声で泣く妖怪伝承の調査中の、思わぬ副産物でした。
● ただ、おんぶオバケで、赤子の声で泣き、おまけに重くなる、かつ単独で出没という伝承は、徳島の「こなきじじい」と「オギャナキ」以外に、見つかりません。
どこかにいないのでしょうか?




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#428和歌山県の妖怪 「児泣き」他タキタ mail home7/13 12:31
#423
● 和歌山県の南部(みなべ)町の埴田(はねだ)というところに妖怪「児泣き」というものが伝わっていて、山中や川で「おぎゃ、おぎゃ」と赤子の声がします。その声の主を探してもみつかりません。ところで、思いもよらぬしわくちゃだらけのお爺さんが真っ赤な顔をして泣いていたりもするとも『紀州おばけ話』(和田寛、昭和51年、名著出版)にあります。出典元は『埴田区誌』(浜野大吉、1962年、自費出版)とあります。
(ともに和歌山県立図書館にあります)

● ところで、『紀州おばけ話』の「児泣き」ですが、原話の出典元の『埴田区誌』には「お爺さん」という記載はありませんでした。しかし、『紀州おばけ話』の著者の和田寛さんに電話で聞くと、「児泣き」の話は現地でも複数の人から聞き、その内の一人だけが「爺さん」という話をしたといいます。したがって『埴田区誌』と現地調査からの文章というのが正確なところなのだそうです。
● 和田氏はカッパ調査が専門だそうです。もと和歌山県立図書館職員で現在は大阪の堺市に在住です。
なお、赤子の泣き声の「オギャアナキ」という妖怪表現は和歌山にもあり、川の河童の泣き声のことをさす形容詞だとのことです。徳島のような「おんぶオバケ」ではありませんでした。参照、『紀州竜神の民話』(和歌山県民話の会)p82。竜神村の話です。
「オギャアナキ」とは、川ではカッパの声、山ではバンドリ(という鳥、共通語不明)の声のことだと和田氏は言います。
「バンドリ」とは「送りスズメ」のようなものだと和田氏は言います。(多少、実在の生物の話と伝承の話の境界が会話していて不明でした)

なお、現地ではカッパを川では「ゴーラボシ」(語源は甲羅法師らしい)と言い、海では「ゴーライ」。また、山に住むものは「カシャンボ」「ガシャンボ」といいます。「カシャンボ」は空も飛ぶそうです。
なお、和田氏によると、河童が季節によっては山に上るというのは、丸山学説とは違って、山口県のオゴリ市から三重県の津史を結ぶ線より南部にはある伝承だそうです。

● 最近も和田氏は四国の河童調査にも来たということですが、徳島では、他県ではカッパとなっているパターンの話が狸になっているものがあるといいます。
(たぬきが相撲をとる話を私=タキタは知りませんが……)
また、香川や愛媛では、お婆さんや幼児が通行人にオンブをねだるが背負っていると重くなるのでカッパだと気がつくという話もあるとも聞かされました。
しかし、どうも、『綜合日本民俗語彙』の「オギャアナキ」(徳島の祖谷山地方)のような、背負い縄(負い縄)をゆえに左右の長さを変えておくことで逃げるというような話は、カッパのオンブ話や和歌山の「オギャアナキ」にはなさそうです。





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#429訂正タキタ mail home7/13 12:39
#428
さきの「三重県の津史」は「三重県の津市」です。山口県の方は、らしき地名をさがしてください。

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#433和歌山県の妖怪 「児泣き」続報タキタ mail home7/18 00:06
#428
『埴田区誌』(浜野大吉著・昭和37年)が到着しました。
ところで、その『埴田区誌』の記載には、切目川村中山の赤ん坊の声の現象についての記載はありましたが、妖怪名称としての「児泣き」がありませんでした。どうも「児泣き」という表記は、和田氏が現地取材で得た情報のようです。
●『埴田区誌』の該当記載(P438〜439)
予の父は青年時代素人相撲の大関格で体重二十一×余、又北道村の浜田市蔵氏は横綱格で堂々たる体躯の持主、共に我町須賀神社の総代として南部小学校南側の一の鳥居の柱を購入すべく、北道村の川村芳松氏を案内役として切目川村模川へ行った処、先方の都合で遅くなり、夜十時過ぎ切目川村中山の渓へ来た。渓の中程で浜市氏は突如父の前に出で、父は又川村氏を追い抜き川村氏はまた浜田氏を抜き互に前途を争うた、無言の侭である。斯くして中山を通り越して三人期せずして怖しかったねェーと。之は中山の渓で山中赤児の泣き声がしたからである。此頃も赤児の泣き声の妖怪談も流布した。

以上です。「体重二十一×余」の「×」というのが何かは解読できません。(ガリ版のために判断できません)
埴田の正式地名としては、『埴田区誌』の奥付けには和歌山県日高郡南部町大字埴田とあります。

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#489「子なきじじい」報道準備中 タキタ mail home8/6 00:29
#389
柳田国男氏の門下生の香川県の武田明氏の「コナキジジ」取材地が徳島県三好郡山城町上名平であったという「妖怪探求」での「発掘」は徳島県内のマスコミに無視されていたかの感があったのですが、徳島県最大のイベントの「阿波おどり」に合わせて、お盆に、県外客の目にも入るように報道準備に入っています。現在、複数の報道機関で製作準備中です。
最近では、「コナキジジ」伝承は完全忘却かと思われていた上名平で、柳田記載そのものの綴りらしい「ゴギャナキ」の名も発掘されたようです。(要確認)
この報道が、徳島県のローカルニュースになると思えるのが、阿波おどりに来られない全国の人々には申し訳ないです。
どうか没にならないようにと祈っています。

これを観ている徳島県の人がいて、うちの町村に「コナキジジ」伝承があるぞ! という人は、まだ後何日かは間に合うので御一報ください!

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#494ゴギャナキ・徳島県でも再発掘 タキタ mail home8/7 01:04
#489
徳島県には「ゴンギャナキ」がいると武田明氏が記載し一般発表したのはたしか昭和30年だったはずです。それ以前には、昭和13年の柳田国男記載の『妖怪名彙』「コナキヂヂ」の項で「ゴギャナキ」というのは「コナキヂヂ」のことをいうらしいと記載したのがあったくらいで、もっぱら他者の記載による高知県の「ゴギャナキ」の記載が有名でした。
しかし、今回、武田記載以来40余年ぶりで徳島の「ゴギャナキ」が再発掘されました。いままでは柳田・武田の両氏の記載しかなかったらしいのです。
今回な発掘地は、武田明氏の「コナキジジ」取材地の上名平と観光地大歩危の間の上名六呂木というところです。平から1〜2キロほどのところです。残念ながら六呂木現地では「ゴギャナキ? 知らんなあ」という回答ばかりです。村から県外に転居した元市会議員の方よりの連絡でした。「こりゃ! 泣いておるとオオカミが来るぞ!」とか「ゴギャナキが来る!」と明治10年ころ生まれの祖母に子供のころは嚇されて泣き止んだ体験がありとのことです。

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#508徳島「ゴギャナキ」 タキタ mail home8/23 02:46
#494
● 柳田国男記載と武田明記載には登場する「徳島『ゴギャナキ』」は、最近になり、徳島県山城町上名六呂木で見つかりましたが、その「ゴギャナキ」伝承を知る人の隣の家では「オギャナキ」の名で伝わっていました。同一妖怪が隣同士では名が一文字違うというわけです。同様に、子供を叱るときに「○ギャナキが来るぞ!」となるのですが、「○」に入る文字が「ゴ」の家と「オ」の家があるわけです。もっとも両家とも子供の泣き声は「オギャー」であり「ゴギャー」ではないのですから面白い現象です。
● いったいだれが、赤子が「ゴギャー」と泣くと文字表記したのだろうか? 「ウブメ」の古文書には「イカ、イカ」または「イガ、イガ」という表記で赤子の泣き声を記載してあるものもあるが、古代には赤子の泣き声を「ゴギャー、ゴギャー」と表記したものがあるのだろうか?
このあたりのことは、『高知県方言辞典』の編者も「高知『ゴギャナキ』」の項の記載時に頭を抱えた様子が行間にみられます。
有識者は、ぜひ御教示ください。

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#550また出た徳島「ゴギャナキ」 タキタ mail home9/7 22:50
#508
●ほとんどの表記が「ゴギャナキ」では無く「オギャナキ」である徳島の妖怪が、「ゴギャナキ」の名で山城町の上名六呂木で先日、再「発掘」されましたが、山城町教育委員会・公民館の調査で、さらに、山城町岩戸(いわと)で発掘されました。
●岩戸の明治38年生まれの女性によると、「ゴギャナキ」は山の中で「ゴギャー、ゴギャー」と泣いているという。現地の赤ん坊の泣き声の表記方法は「オギャー、オギャー」であるので、「ゴギャー」という泣き声は「ゴギャナキ」の泣き声を表現する表記です。また、この「ゴギャナキ」のことを「オギャナキ」と言うときもあるそうです。同一「妖怪」を両方の固有名詞で呼ぶのです。
同一「妖怪」の名前が二つあることと、その泣き声が「ゴギャー」であるというのは、これまでは推測されてはいましたが、実際に証言できる人の登場は初めてです。
以上は、山城町公民館の調査による成果です。


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#498「子なき」TV紹介・お盆過ぎにタキタ mail home8/14 03:42
#489
(報告)
「コナキジジ」のテレビでの報道は、取材が延び、8月中の放送になる予定。
先日の大雨で、現地への交通網が遮断されている地域もあり、道路の復旧待ちの側面もあるもよう。
県外客の目に入る「阿波おどり」の期間(お盆)には間に合わなかった。残念。

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#506「子泣き爺」TV報道・撮影終了タキタ mail home8/23 01:45
#498
● 遅れ遅れになっていた「『子なきじじい』の武田明記載『発掘』」の報道は、水木プロの武良マネージャーの御厚意等もあり、やっと8月19日に現地撮影終了。現在、8月中の放送に向け最終的な段階に入っています。
● 徳島県の民放テレビ局の四国放送「フォーカス5:30」(月〜金、午後5時30分〜6時)の中で放映される予定。わずか5分枠になりそうなので、内容は、この「妖怪世界」で扱われたものからは割愛されたものになります。
● 「子なきじじい」そのものの固有名詞の妖怪伝承は、現地の山城町上名平では、現在では忘却されてしまっているので、「子なきじじい」そのものは出演できません。
● いずれにしても、「子なきじじい」へのテレビでの現地取材は、史上初と思うのですが、いかがなものでしょうか? 福岡県の「ぬりかべ」は、何度かテレビ局が試みながらも、柳田国男の伝承取材地が不明ということで流れたようですが……



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#513よかった、よかった。りん mail 8/24 01:26
#506
 撮影無事終了、おめでとうございます。
 マスコミの無反応を嘆く書き込みに、一時はどうなることかと心配しておりました。
 これからも調査・研究、それと御著書の執筆、頑張って下さい。
 微力ながら引き続き応援させていただきます。

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#517木頭村の「おぎゃなきとこ」タキタ mail home8/24 23:54
#513
● 「りん」さん、ありがとうございました。「コナキジジ」伝承地の発見者は「りん」さんにより「発見」されて「妖怪世界」で公開されたものですが、すっかりお世話になりました。
● ところで、東京の人から、徳島県の木頭村の村長の藤田恵(ふじた・めぐみ)さんの書いた「おぎゃなきとこ」という「東京新聞」1998年9月5日の切り抜きが送られてきました。
木頭村というと、細川内(ほそごうち)ダム反対運動で全国に知られていますが、その反対運動のリーダーであり村長が藤田さんです。テレビや新聞等にもよく登場するので皆さんも御存知でしょう。
その藤田さんが書いた「おぎゃなきとこ」は、木頭村の伝承ですが、全国には、沢田四郎作さんの書いた「阿波木頭民俗誌」(昭和33年)でも知られています。沢田さんが、オギャナキというと祖谷山地方では赤子の声をあげる妖怪として知られているが、ここ木頭村では地名である云々と紹介しています。
生れたばかりの子供を背負ったままで奉公先に働く若い女性が、ある日、山にヒエを刈りに行き、仕事の終了後に子供を背負って帰ろうとすると、奉公先の主人が「子供よりもヒエを背負って帰れ!」と怒鳴る。しかたなく山小屋に赤子を置いて、山を下り、いそいで山に引き返すと、すでに赤子の姿は無くなっていた。山を駆けずり回って彼女は探すが、とうとう母子ともに居なくなってしまったというものです。その後、山からは「おぎゃー」という声が時折するので、その場所を「おぎゃなきとこ」(=おぎゃーと泣く所)と呼ぶようになったというものです。
さっそく、藤田さんにインタビューをし、その場所を聞いたのですが、藤田さんも伝承を知るものの場所は伝わっていないと言います。
なお、藤田氏は、その場所を複数とする説と、母が滝より身を投げた話として掲載していますが、滝もまた実在したのかどうかは不明とのことでした。
「村政や細川内ダム建設反対運動に忙しい藤田さんのもとに、妖怪話の取材に行ったのはあんたくらいだろう」と、某政党関係者からは苦笑されました。まあ、そうでしょうが、藤田さんは他での紹介を快諾してくれました。
なお、伝承の中での「おぎゃなきとこ」は、木頭村と高知県の物部町の県境にある四つ足峠トンネルの徳島県側入り口近辺の日和田(ひわだ)集落のあたりの山ということになっています。


※ 沢田四郎作(さわた・しろうさく)=柳田国男の『妖怪名彙』の「スナカケババ」の出典元の『大和昔譚』の著者です。

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#518「妖怪こなきじじい」放送さるタキタ mail home8/26 00:39
#506
四国放送の「フォーカス5:30」は、8月25日に「妖怪こなきじじい伝説」を放送しました。
内容としては、5月末に「りん」氏によって「発掘」され「妖怪探求」上で公開された武田明氏の昭和13年の記載が紹介され、その取材地の現・山城町上名平に報道陣が向かうというものでした。
ところが現地では「コナキジジ? 聞いたこと無いなあ」という返事しかなく。範囲を広げて山城町の他の地でも取材すると「オギャナキ」の言い伝えが次々に現れてくる。結局「コナキジジ」の固有名詞は絶えており、現存する「オギャナキ」の名称で取材を行うと、対「オギャナキ(コナキジジ)」の魔除け道具が、近隣の東祖谷山村では現在でも使用されていることが判るというものです。
これは、山仕事などで荷物を背負うための縄です。その左右の長さを変えて作ってある縄を、「おんぶしてくれ」と言って山中で出没する「オギャナキ」に見せて、「左右の長さが違うので、背負えない」と断るのです。
なんで、この方便で妖怪側が納得してしまうのかは「オギャナキ」伝承では語り継がれてはいませんが、とにかく、このような様式の負い縄(背負い縄)が現在も、四国山中では使用されています。

とまあ、このような内容でした。25分間の報道番組で6分数十秒の枠を使って放送されたので、厚遇されたことにはなるのですが、やっぱり6分では短かく、柳田国男氏や武田明氏の紹介がまったく行われていません。少し残念でした。
いずれにせよ、「こなきじじい」へのテレビでの現地取材は、柳田記載より60余年、『ゲゲゲの鬼太郎』への登場から30余年でやっと実現しました。
「りん」さん、ありがとうございました。

∧

#519Re:ニュースの件セヴン 8/26 15:50
#518
 こんにちは、昨日放送のニュース 拝見させて頂きました。
  
 番組中のオギャナキ=鳥の聲(ヨタカ)の処など
 私の拙い文章では巧く言い表せないのですが、
 率直に 面白かったとお伝えします。
 タキタさんの「そこに住む人の優しさが生み出した妖怪」。
 と、云う言葉も非常に印象に残りました。

 なにはともあれ、無事放送おめでとうございました。

 追記

 兆さんへ

 放送中にこちらの大鑑のページも映っておりました。

 
 

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#520Re:ニュースの件mail home8/26 16:40
#519
:放送中にこちらの大鑑のページも映っておりました。

おやおや。
タキタさん、やってくれますねえ(笑)
どんな風に紹介されたのか気になりますが、多分ちらっと移っただけなんでしょうね(苦笑)

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#521Re:ニュースの件タキタ mail home8/26 23:51
#519
セヴンさん、ありがとうございます。観てくれて!
当日の新聞のテレビ欄にも「妖怪こなきじじい伝説」と印刷されていたのですが、一般には朝にテレビ欄を確認して出社する人っていないから、録画もせず見逃した人が多いと思います。
私は、昔、対カンボジアNGOに熱心だったころは、新聞のテレビ欄を確認してビデオをセットして家を朝出るという生活をしていましたが、あまりこういう習慣の人っていないですよね。
ところで、「そうかニュースだったんだ! 」 と指摘されて気づきました。実は、セヴンさんの安徳天皇の話もしゃべりたかったのですが、そうすると、全国の人が「安徳天皇?」と理解できないし、ということもあり割愛しました。つまり、「オンエア後には録画したマニアがダビングしたものを勝手に全国に配付してしまうような内容にしましょうよ! 」と私が主張したからです。「そうだね」とは四国放送は言えず苦笑していましたが……
残念ながら、マニアが勝手に全国配付する内容になったかどうかは不明ですが、しかし、だれか、これに影響されて、山城町に「こなきじじい」の像(石に限る!)を作ってくれないだろうか? と願います。その像の前に立って「こなきじじい」をオンブさせられている写真を撮りたいものです。
後は、柳田国男の『妖怪名彙』にある木屋平(こやだいら)村にも欲しいものです。
高知県に坂本竜馬あればー、徳島に「こなきじじい」ありー、というような発想を現実化できる運動を期待したいものです。他力本願ですが……
兆さん、勝手にダビングしたものを送ります。解説者の「特権(?)」です。ほんのチラとしか「妖怪大観」の文字はでていません。

∧

#523Re:ニュースの件mail home8/27 08:20
#521
:勝手にダビングしたものを送ります。

ありがとうございますっ。真剣にうれしいです。
ここから始まるダビングの嵐の予感(?)[リングちっく]

∧

#524ディレクTV「NNN24」でも放送タキタ mail home8/27 19:53
#523
四国放送の「妖怪こなきじじい伝説」(約6分)は、日本テレビの衛星放送の、ディレクTV「NNN24」で全国放送されるそうです。水木プロダクションも承認済です。
民放の衛星放送や、一部のケーブルテレビ契約者しか観られないのが残念です。(我が家も未契約)



∧

#526「NNN24」8月28日放送タキタ mail home8/30 20:58
#524
mahirito氏の報告によりますと、「NNN24」は、28日に「妖怪こなきじじい伝説」を放送したとのことです。

∧

#527祝、「妖怪こなきじじい」放送りん mail 8/30 22:32
#518
 祝、放送成功。
 全国放送まであったのですね。
 本当によかったです。

 ちなみに私、先程、熊野から帰ってきたところです。
 25日に出発し、ずっと留守にしていたので、放映の詳しい日程等の情報はつかんでおりませんでした。
 うーん。実は25日頃には和歌山に渡るフェリーに乗るため徳島県を通過しておりました。知ってれば、無理してでも見たのにね。ちょっと残念。
 
 和歌山県では、妖怪関連の文献を求めて図書館を訪ね、妖怪関連の史跡をあちこちめぐった後、『世界妖怪会議』をのぞいて来ました。
(和歌山の「児泣き」が出たという切目川流域も、少しだけ調べに行って来ました。)
 

∧

#539「徳島新聞」が報道 タキタ mail home9/3 23:32
#489
● 徳島県の新聞「徳島新聞」が、9月3日に「子なきじじい」を報じました。(県内シェア率、約90パーセント。本当です! 日本一です)
◎ 見出しは、
大見出し「県内の山間部で伝承確認」
中見出し「柳田国男の記述裏付け」
小見出し「『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する、徳島の妖怪・子なきじじい」
です。
● お盆の報道の予定が、ずいぶんと遅くなりましたが、六段を使って約4分の1ページを使ってくれているのが、ありがたいです。
● なお、今回は四国放送のテレビ報道とは違い、柳田国男が前面に扱われ、武田明氏も扱われています。もちろん水木しげるさんや、水木プロの御厚意で借りられた「子なきじじい」の絵も2.5段抜きでカラー印刷されています。なぜか、脇にねずみ男と一反もめんも登場しています。
● 内容は、「妖怪探求」で扱われたものが大部分です。
ただ、今後の情報が徳島県民から寄せられることへの期待から、「山城町上名平で取材されていた」という部分は記載してあるものの、抑えた表現にしてあります。
ですから、ザッと読むと、徳島県内の何処で取材された伝承なのかが、いまだ不明というニュアンスにとれてしまうような文章になっています。

※ 県内を対象としたメディアとしてはテレビよりも新聞のほうが、適しているにかも? と思いました。というのは、テレビでは、家庭ビデオ装置が普及したとは言っても、録画しないと観られませんが、新聞は時間や時刻の拘束されず、いつでも読めるからです。また、録画のようなことをしなくても、すでに紙にプリントアウトされて届くのだから、保存にも便利です。
とにかく、テレビ放送時には無かった「子なきじじい」への情報提供が、山城町の上名平の人から留守番電話に届いていました。
詳細は、不明ですが、武田さんや柳田さんに「子なきじじい」の話をした人か関係者だったら嬉しいなと、わくわくしています。明日電話してみます。

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#540「こなきじじい」再「発掘」!タキタ mail home9/4 20:30
#539
●「こなきじじい」伝承が、やっと再「発掘」できました!
徳島県三好郡山城町上名平で、昭和4年生れの男性から聞き出せました。

●それによると、5〜6歳のころ(昭和9〜10年ころ)、祖父の妹(明治一桁代生まれ?)で近所の集落に嫁にいった女性に聞かされていた話だそうです。
彼女は毎日のように山仕事に行き、帰りには帰路の中間点でもある実家(先の男性宅)で一休みしていったのですが、そのときにしてくれた話の中に「こなきじじい」または「こなきじいさん」の話があったと言います。
伝承とよべる内容はなく、泣いている子供がいると、あやすというか、おどかすというか「こなきじじいが、泣く子を欲しいと言ってつれに来る」と、言うのです。時々言われたものだと体験談を語ってくれました。
ところで、当然ながら「こなきじじい」の姿を見た人はいません。
なお、言われた側の男性は、「こなき」を「子泣き」ではなく「子無き」と判断していたと言います。つまり、「子供を欲しがる」からです。もっともと、祖父の妹さんがどういう漢字を当ててしゃべっていたのかは不明と言います。
その、女性が歩く道筋には、その「こなきじじい」が時々、泣いていたそうです。赤子の声と言いますから、「子供が欲しい」存在でもある当人が赤子の声で泣いているというのは、伝承の持つ非合理性です。
●とにかく、新聞の力とは、たいしたものだと感心しました。
なお、近く、「こなきじじい」の泣いていた平の山道を訪問してみます。



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#541再「発掘」!続報と訂正タキタ mail home9/6 00:56
#540
現地を訪問してきました。
● まずは、訂正です。山中の赤子の声は昭和30年ころまでは、多かったものの、現在では、かなり少なくなったといいます。カケスやムササビの声が、ときに赤子の声に聞こえると伝わっていると言います。なお、「こなきじじい」がいるとされた山道周囲で泣く赤子の声は、「こなきじじい」の声とは断定されていませんでした。「こなきじじい」の出没地と言われたあたりとその周囲の山中では、昔は、よく赤子の声が聞こえていたという話でした。
● ところで、昭和41年生れの男性によると、「こなきじじいが(今日?)山に居ったでよ!」ともおどされたといいます。
「こなきじじい」が居たとされた山は、あざみ峠の北方約500メートルあたりから、あざみ峠を越え、弘法大師像前の山道を東南に下る道筋ということになります。
ここあたりでは、「こなきじじい」との関連は不明としながらも、赤子の声もしていたようです。
武田明氏の取材のころには、「こなきじじい」と赤子の泣き声を関連つけて解説できる古老(?)もいたのでしょう。
現在、私の取材できた範囲では、いわゆる「子盗り鬼」のような活用を子供への説教中でされていた「こなきじじい」が発掘できただけということになります。
●「10年から15年、調査に来るのが遅かったね。もっと詳しく、こなきじじい伝承や他の妖怪伝承も知っていただろう人が我が家の父も含めて、かなりお亡くなりになっているから……」と同情されてしまいました。
副産物として聞けた妖怪話は、「しばおりさま」「ふだるがみ」「どうろくじん」「にく」「やまじじ(やまちち)」でした。

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#542誤字「昭和4年生まれ」です。タキタ mail home9/6 01:08
#541
「こなきじじい」の話をしてくれた男性の生年は、「昭和41年」ではなく「昭和4年」です。まことに申し訳ありません。

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#544再「発掘」!佐々木卓 9/6 09:49
#541
 ついに発掘されましたね。いや〜よかったよかった。この調子で「ぬりかべ」も発掘されて欲しいですね(なんで九州地方って妖怪の伝承が多いのに、妖怪そのものに興味を持っている人って少ないんですかね?りん氏の「油すまし」に対する回答してくれる人もなかなか出てこないし…)。
 ところで、個人的には「副産物として聞けた妖怪話(「しばおりさま」「ふだるがみ」「どうろくじん」「にく」「やまじじ」)の方が気になってたりします。特に「にく」って、どんなやつですか?

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#545Re:にくmail home9/6 09:53
#544
「にく」と言うと肉人「封(ほう)」を思いだしますが、
実際のところはどんな妖怪なのでしょうねえ>タキタさま

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#547「にく」タキタ mail home9/7 02:17
#545
● 武田明の「山村語彙」(「民間伝承」昭和13年8月号、所載)には、山城町上名平での聞き書きに「ニク 羚羊のことか。山のタキに棲んでいたと云ひ牛の角の如きものを持ち岩に角をさしこんで踊つていたと云ふ。」とあります。
現地で、「コナキジジイ」伝承記憶者(昭和4年生まれの男性)の話を聞いていると、武田氏の調査した語彙のうちの知っている語彙の説明が聞け、その説明によると、「ニク」は「タヌキかキツネか、テンであろう。いずれにしても動物のことで、妖怪ではないよ」と聞かされました。
また、この人の家の窓から、「ニクのタキ」が見え、「タキというのは断崖とか荒れ地という意味で、水の滝ではない。その山の持ち主から聞かされているのは、あの土砂が露出しているところがニクのタキだとのことだ」「鹿ならともかく、他に角のある動物はここらに居ない」とのことでした。
ロマンを否定されてしまったのです。
地主が、もっとも正確な話を知る訳ではないでしょうから、武田氏の取材時には、ロマンチックな話をできる人もいたのでしょう。
●「ニクのタキ」は、藤川谷川を挟んで、平の対岸に見えますから、住所は平ではないです。

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#573「にく」=かもしか? タキタ mail home9/18 01:32
#547
現在は、絶滅したのかどうか? 「かもしか」は四国山中にも居たと聞きました。
妖怪視されるほど珍しい生物だったのかいな?
と、思います。

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#574「にく」=かもしか=羚羊タキタ mail home9/20 00:23
#573
江戸時代の料理の本『本朝食鑑』(人見必大・著)を、みていると、「にく」の説明がありました。

「かもしか」の項には、「和名かましか」とあり、続いて以下のような記載があります。
○近世、俗に「加毛之加(かもしか)」と訓む。あるいは「仁久(にく)」ともいう。医家はこれを「羚羊(れいよう)」という。

また、「夜は角を樹枝に懸け、地に着かずに宿(ねむ)る。昼もやはりこのようにして棲んでいる。」等とあります。
昼間にそのようなことをしているのかどうか疑問がありますが、とにかく、武田明氏の記載では断言していないのですが、「かもしか=れいよう」のことと判断して良いようです。
なお、「価は熊や虎の皮よりも安いが、それは多く獲れるからである。角を採って薬に入れる。肉を食べれば、能く風を散らし筋を強くするといわれる。その肉味は甘く、軟浅で、鹿・猪よりも優れている。」等とあります。これは食肉としての評価です。
また「脚気の患者が毎(つね)に食べると、日を経て、漸々に癒える。」ともありますが、これは薬としての効果です。

●古語としての「にく」という「かもしか」を指す言葉が、現地では、昭和13年の武田明氏のころにもあいまいになっていたようですが、今日ではさらに忘れられたようです。(ただし、私が取材した相手は猟師ではありませんでしたが……)


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#575「養生訓」「本朝食鑑」などタキタ mail home9/20 03:25
#574
「肉」のついでに『養生訓』(貝原益軒・著、正徳3年刊)には、以下のようにあります。

●『養生訓』(中央公論社版より)

「獣の肉は」
日本人は胃腸が弱いから獣の肉はよくない。たくさん食べてはいけない。いか・たこなども多く食べてはいけない。消化しにくい。鶏の卵・あひるの卵の丸煮は気を塞ぐものである。俗にふわふわといういり卵はよろしい。肉も野菜も大きく切ったもの、または丸ごと煮たものはみな気を塞いでつかえやすい。

つまり、肉を食べ過ぎるなとあります。
なお、具体的な調理法は、『本朝食鑑』(人見必大・著、元禄乙亥九月刊)には、以下のようにあります。

●『本朝食鑑』(平凡社の東洋文庫より)


○「牛」
「生牛肉を細かに切って片(ひら)とし、先ず冷水で洗浄して、米のとぎ汁で2・3時の間牛肉を煎じ、脂気の抜け尽すのを待ち、別に味噌の濃汁でよく煮るか、あるいは大根・ゴボウ等の類を合わせ、一緒に煮てあつものを作り、就寝前に食べさせる」とあります。「就寝前に食べさせる」というのは薬としての使用法の説明になっているからです。
また、『食用簡便』(貞享4年刊)には「煮。肉を切取て洗浄して味噌汁を以て諸菜を雑へ煮用ゆ。(後略)」ともあります。

○「馬」
「我が国では、今は、馬をたべることはない。軍中で糧の絶えた時に牛馬を殺して食べることがある。と伝え聞くだけである。」「昔からいわれていることに、微甘、酸苦、冷、有毒。」等ともある。

○「猪(ぶた)」
「『本草別録』に、猪(ぶた)肉は、よく血脉を閉じ、筋肉を弱くし、人肌を虚にするので、久しく食べてはいけない」等とあります。そういいながらも、一方では、金瘡(かなものきず)の薬にしているのは矛盾していると指摘しています。

○「羊」
「近世中華より来たが、まだ繁殖していない」「ただ一つがいだけが公家に牧われ、これが数十頭になっている。それ故、人もこれを食べることはまれである。ままこれを食べた者の言うに、肉は軟らかく味は美い。よく虚を補う」という」等とあります。

○「鹿」
「世人は多く鹿を嗜食して、よく人を益するといい、その肉は甘淡・軟肥であって、なまぐさみは少なく、硬くないという」等とありながらも、一方では「賀茂」や「伊勢」の「神使」であるので、「神主の許し状を得てから食した」等の苦肉の策も記載されている。また、「冬にたべるのがよく、他の月ではうまくない。雉(キジ)の肉・ハエ(魚)・エビと一緒に食べてはいけない」と説明されています。

○「狼」
「昔から言われていることに、甘からい、熱、無毒」「腹痛を補い、気を壮にし」等々とある。

○「山犬」
「昔から言われていることに、酸熱、有毒」、効用としては「未だ詳らかではない。人の精神を損ない、痩せさせるともいう。」とある。

○「猫」
「昔から言われていることに、甘、酸温、小毒がある。」、痰積、ぜんそくに効力があるといい「猫の肉は甘く、あぶらっこい、煮れば脂が浮かんで小団子となり、深青色、澄徹のさまは玉のようである。その味は、もっとも甘美で、よく痰を下し喘ぎをしずめる。」とあります。
ところで、なぜか、「猫また」の記載も載っていて、「およそ、老いた雄猫は妖をなし、その変化は狐狸にも劣らず、よく人を食う。俗に猫麻多(ねこまた)と呼んでいる。毛の純黄色、純黒色のものが最も妖をなす。暗い処で背毛を逆さまに撫でると光を放って火が点じているようであるが、これが怪をなす所以なのである。」ともあります。

○「狐」
「今の人は狐の肉を好んで食べないが、ただ脂を取って膏を練り、瘡腫に塗って奇効を得る。」とあり、肉は「昔から言われていることに、甘温、無毒。」とある。

○「狸」
「昔から言われていることに、甘温、無毒、レイロとあわない。」
レイロ(れいろ)とは多年生の毒草の一種らしい。
また『食用簡便』(貞享4年刊)には、「煮。肉を切取て味噌汁にて煮用ゆ(後略)」とある。

○「兎」
「およそ、兎の肉の味は、他の肉に比して淡く美である。そこで山野に住む人はこれを多く嗜み、雉(キジ)・ヤマドリの肉に並ぶものとしている。」
「昔から言われていることに、甘寒、無毒。薑芥・橘・獺(かわうそ)肉と同食してはよくない。」

○「猴(さる)」
「昔から言われていることに、酸平、無毒。甘酸ともいう」

○「獺(かわうそ)」
「昔から言われていることに、甘からい、寒、無毒。ウサギ肉と一緒に食べてはいけない。」
料理法は略します。(長文で記載が面倒です)

○「あしか」
「土地の人は鉾で刺して煮食する。その味も、やや佳い。」

○「おっとせい」
「食肉は、生食すれば味はもっとも美く、脂が多い。塩漬けすれば生臭で佳くないが、病人のいる家は、味噌と一緒に煮てその汁をすするとよい。」

○「ねずみ」
「昔から言われていることに、甘熱、無毒。」

○「もぐら」
味等に関しては「未だ詳らかではない。」


以上は、原文を確認してください。かなり要約しましたので……

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#558「肉」を連想しますよね!タキタ mail home9/11 00:56
#545
●兆さん、やっぱり「にく」って聞いたら「肉」を連想しますよねえ。
私も「にく」「にくのたき」と突然に言われて「食肉」を連想しまして、「肉?」と聞き返しました。その顔の表情から、誤解しているのが相手には察知できました。
親孝行な息子が遭遇した「養老の滝」(どこの伝説でしたっけ?)という滝の水が酒になっていたという話のように、食肉の滝を連想しそうになりました。さすがに映像は思い浮かびませんでした。
ところで、この手の話を聞いた人が「みなまで言うな! わかっとる!」と、話を早とちりして中断させたとしたら、「何とか山には(食)肉の妖怪が居る」と、信じ込んで(悪意無く)後日には吹聴するのでしょうか……
まさか「ぬっぺっぽう」が、「みなまで言うな! わかっとる!」の結果とは、判断すべき材料もありませんが……
それにしても山城町の「にく」の語源は何なのだろうか? 今度、知っている人を見つけたならば聞いてみます。
なんか、最近、山城町の妖怪伝承のスポークマンになってしまったかの観があるなあと感じています。


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#560Re:「肉」を連想しますよね!mail home9/11 02:36
#558
養老の滝の逸話は、我が岐阜県のお話です。
とはいってもわたしの住んでいるところからは遠いです。
岐阜は南濃(濃尾平野の濃です)の養老郡養老町だったと記憶しています。同名の居酒屋もありますが、これは蛇足でした。

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#548(返事)その他の「妖怪」等。タキタ mail home9/7 03:50
#544
● 佐々木さん、ありがとうございます。
● ところで、意外と九州の人も投稿してくれている可能性は高いです。
と言うのは、相撲中継ではないので「○○県○○村出身、○○部屋」とは解説をしないからでしょう。きっと、「こなきじじい」同様に全国では有名でも地元では聞いたことが無い妖怪も多いのでしょう。「コナキヂヂ」も結局、地元の町村誌や伝承集にも未記載だったからです。

上名平の伝承記憶者との話でも、伝承集に入れる物語が「こなきじじい」には無いし、書いて一行で終わると」苦笑されました。その人の家ではお子さんがちょうどアニメの『ゲゲゲの鬼太郎』を観ない年齢時にテレビ放送されていたので、「こなきじじい」は親子の会話にも登場していませんでした。したがって、今回、孫に『ゲゲゲの鬼太郎』知ってるか? 「こなきじじい知ってるか?」と始めて聞いて、孫が「知ってる!」と答えたと笑っていました。
鹿児島県の高山町の町役場の職員も、役場が「一反もめん」調査に乗りだして、このことを息子である職員が自宅で何気なく口にして、それを聞いた母親から「一反もめんなら我が家の近所でも昔出ていたよ」と初めて聞かされたといいます。
絶滅直前であった「こなきじじい」と、伝承が現役の「一反もめん」では、条件が違いますが、いずれも、ろくに活字にはなっていません。
このような妖怪調査は、結局、地元に出向いて行くしかないのです。
しかし、地元に行っても、伝承を知る人に会える可能性は低く、長老だって、村の偉人伝や物語化した妖怪伝承を知っていても、物語も無い妖怪では、○○村の字○○の○○さん宅の○○さんくらいしか知らないというものもあります。
徳島県の妖怪として、全国では名高い「けし坊主」もこの域です。
「ぬりかべ」や「油すまし」も現地ではこのような存在なのではないでしょうか? したがって、同県や近所の町村の人でも、伝承記憶者に行きあたらなければ、「妖怪世界」に投稿のしようもないのでしょう。

●ところで「こなきじじい」が現状では、「子盗り鬼」や「子盗り婆」化してしまったものしか発掘できていなく申し訳ないです。
せめて、「こなきじじい」を武田明氏や柳田国男氏の時代のように「オギャー」と泣かせたいのですが、情報の提供がまだありません。

●「シバオリサマ」=「シバヲリサマ」「山に入る時に芝を折つて供える神様である。シバヲリサマは人間の塚だとも云つてゐる。」という武田明の記載は、そのとおり神さんであるとの答えでした。ただし、塚は知らない。
●「フダルガミ」=「山中を歩いていると急に体調がくずれ歩けなくなる。なにかを食べるとなおる。手に米の文字を書いて舐めると直るという話は聞いたことはない。」
●「ドウロクジン=「神のことでもあるが、妖怪のことでもある。年寄りの話では山中で突然に体調が崩れて歩けなくなるという悪さをするという」(「まるで、フダルガミと同じですね!」と私が聞くと、「うん」という回答でした)
●「山ちち」または「山じじ」または「山じち」については、「知らん。聞いたことが無い」という回答でした。
なんで、報告に「山じじ」を上げたかというと、この近所の観光地の大歩危には、「山じじ」または「山ちち」の伝承があり、行者に焼いた石を餅だったか握り飯とだまされて食べさせられて退治された伝承があります。この「山じじ」「山ちち」の伝承と「こなきじじい」の関連を知りたかったのですが、「こなきじじい」伝承者は御存知ではありませんでした。したがって、関連性は不明です。ところで、この「山ちち」「山じじ」の墓が観光地大歩危を見下ろしていると解説書には時々記載があるのですが、長年、その場所が不明でした。今回の「こなきじじい」調査で墓が実在していることが判明しました。ただし、その場所を知る人は、それを「山ちち」の墓であると認識してはいません。
このように、地元の全部の伝承に通じている人は居ないのです。
村単位や集落単位ではなく家単位で継承されている伝承も多いようです。したがって、偶然に会える可能性は低いものです。

● 以上、佐々木さんへの回答です。「ニク」は兆さんへのコメントに記載しました。