覚(さとり)
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妖火 (さとり) 妖火

 飛騨・美濃の深山に、色黒く毛長くして、能く人の言葉を理解し、能く人の意を察するという異獣が住んでおり、これを覚と呼んでいた。覚は人の害にはならず、気味悪がって人がこれを殺めようとすれば、その意をサトリて逃げ去ると言い伝えられる。

 剣豪などが登場する物語の中に、このようなエピソードが書かれることがあるが見覚えはないだろうか?

 あるとき樵が森の中で木を切っていると、不意に異獣が現れ、ぞっとして、(怖いな)と思った。すると異獣はゲラゲラと笑い「今お前は怖いなと思ったな」と言う。樵は真っ青になって、(ぐずぐずしていると捕って喰われる)と震えていると、「今お前は、ぐずぐずしていると捕って喰われると思ったな」と言う。
 いよいよこれは危ないと思い、(逃げられるところまで逃げてやろう)と思うと、「今度は、逃げられるところまで逃げてやろうと思ったな」と言う。樵は肩を落とし、(これはどうにもならない。諦めよう)と思うと、またしても「今お前は、これはどうにもならない。諦めようと思ったな」と言い放った。
 樵はもうどうすることも出來ず、只仕方なくその木を割っていると、異獣がどんどんと近づいてくる。隙あらば捕って喰おうという算段らしい。
 そのとき――
 樵が打ち下ろした斧は、木の大きな節に当たり、不意に砕け散った。木の破片は方々に飛び散り、ひとつが異獣の目を潰したのだ! 異獣は「思うことより思わぬことの方が怖い」と言い言い、山の奥深くへ逃げ去り、樵は命拾いをしたと言う。

 剣術に置いて「無我」で戦えば相手に次手をサトラれない、という逸話として使われている。これは『竜馬が行く』(司馬遼太郎)や『北斗の人』(池波正太郎)に見られる。

 他人に思ったことを言い当てられるのは気味が惡い。その心持ちが生み出した妖怪とも言える。心を読むと言えば超能力でいう Reading がある。異獣というよりは集落に突如として現れた、この力を持つ異能者を恐れていたのかも知れない。

 因みに覚は「おもい」とも呼ばれ、美濃の山奥に住むと言い伝えられるやまことも性質を同じくしており、これの亞種とも考えられるだろう。

(文責:カメヤマ/櫛田川の河童)

・ 参考文献:今昔画図続百鬼,日本妖怪大全
・ 属性:
・ 出現地区:中部地方,岐阜県
・ 小説など:
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2000.7.21 22:44